波平の矜持、杏寿郎の矜持(敬称略)

久しぶりに思い立ってブログを書いたのだが、これまたなんの役にも立たない駄文なので、することがなくて暇で暇で仕方ない時の時間つぶしに。

アイキャッチ画像で既に出落ちなので、これで笑ってもらったらそれだけでもう充分満足です。あとはただの蛇足(笑

54歳

54歳になった。ググればすぐに出てくるが、どうやら波平と同い年とのこと。
自分が子供のころから見ている人(?)の歳に追いついたというのは、なんというか、感慨深い(笑

漫画での波平

原作の漫画では、描かれた時代背景(連載開始されたのはなんと1946年!)を考えれば当然なのだが、波平はまあ当時の典型的な雷親父である。
アニメのサ◯エさんしか知らない人が原作を読んだらそれはそれはびっくりする内容だったりする。

ものの情報によると、描かれた当時の定年退職の年齢は55歳。
もうこの時点の彼は引退直前と言っていい。

まだ小学生の子供が2人もいる状況で定年退職になるとかとても考えられないが、当時であればよくあることだったろうし、なんなら波平は第二次大戦に出兵した帰還兵である。彼が「雷親父」になったのも必然かもしれない。

さて、自分は?

時代背景からして比較できるものではないが、いまの自分がその立場だったらどうだろうか。

自分はまだ引退する時期ではないし、もちろん戦争にも行っていない(オイコラ
そのような過酷な経験をしていないことは幸せなことではあるが、省みるに自分には歳相応の覚悟が足りていないように思う。

件の波平は、もう残り少ない自分の時間を最大限に使って、これまでの経験を次の世代に伝えるべくして雷親父になったのだ。
単純にいまと比べることは難しいし、実際のところ定年退職の年齢が10歳上がっていることを考えると、いまアニメで見る波平は64歳と同等かそれ以上のイメージで捉えられているだろう。
現代の64歳が老人と言えるかどうかはまたちょっと別の話だし、一方でアニメで見る波平はとっくに悠々自適なイメージしかないが、原作の波平は相当過激だ。盆栽をいじる自分は想像つかないが、◯ツオと同級生のムスメを追いかけるのは日常茶飯事だ(笑

自分に当てはめて考えてみると、自分はまだこの歳にしてなにもなし得ておらず、なんなら目の前のことをどうにかこうにか解決していくだけの毎日を過ごしている。
当時の波平を真似ることはもちろんできないし、いまから雷親父の真似事もできないが、彼が同い年であることを思えば、その振る舞いを参考にできるところもあるのではないだろうか。

波平の矜持

サザ◯さん連載開始当時は当然のことながら平均寿命ももっと短く、先ほどの繰り返しになるが、波平は残り少ない時間を最大限に使おうとしていたはずだ。

彼のトレードマークが日本一有名な禿頭だったとしても、それが彼のこれまでの人生の結果であるなら誇るべきことだ(原作でも残り一本をだいぶ気にはしているようだが

僕もいよいよ薄くなってきたアタマを気にしつつも、それが自分のこれまで生きてきた結果ならば受け入れるし、恥じるものではないと思っている。

Web の仕事に携わるようになって8年弱、たくさんの仲間に支えられてこれまでどうにかやってこれた。
遠回りだろうが寄り道が多かろうが何も恥ずべきことはないし、これからもまだまだやるべきこと・やりたいことは山積している。
これからも気力体力が続く限りは、この仕事に邁進していこうと思う。

悠々自適な生活がいつ来るとも思えない状況ではあるが、いまはそうなりたいとも思わないし、波平が羨ましいとも思わない。
僕は働くことが好きだし、いまの仕事が好きだ。
いまの仕事ができることを誇りに思うし、もっといろいろなことができるように、もっと新しいことにチャレンジできるような状態でありたいと思っている。

鬼滅の刃

急に話題が変わるが、ご多分に漏れず、我が家の5年生は『鬼滅』に大ハマりしている。
のみならず、妻までが昔とった杵柄のごとくグッズ集めに走り出し、我が家はさながら鬼滅ハウスの様相を呈してきている。
僕ももちろん原作も読んだしアニメも観たし映画にも足を運んだが、さすがに毎日帰宅するごとに増えている鬼滅グッズに囲まれるのにはちょっと抵抗がある。

先日、たまたま Twitter で以下のような投稿を見かけた。

よくまあそんなところに気づいたと思うが、偶然とはいえ波平と僕の推し(笑)が同い年というのに笑ってしまった。

杏寿郎の矜持

【以下ネタバレ含む】

杏寿郎(煉獄さん)はいま公開中の鬼滅の映画のストーリーの中で鬼と対決し命を落としてしまうのだが、漫画とはいえとても多く共感するところがあった。

絶命する直前、彼は主人公たちに『次は君たちが支える番だ、おれは君たちを信じる』と伝える。いざ自分がその立場・そんな状況だったときに自分はそんなセリフが言えるだろうか。
言ってみればたかが少年漫画のいち登場人物のただのセリフではある。
ではあるのだが、もう人生の折り返し地点をとうに過ぎたというのに、自分はそう伝えられるだろうか。

物語上の設定では杏寿郎は20歳、主人公たちは15歳前後ということだ。
漫画だということも百も承知で言うならば、自分が20歳のときはおろか、いまこの時点でもとてもこんなことが言える気がしない。

主人公炭治郎の気持ち

自分の子供は11歳になり、また仕事上でもすっかり初心者とは言えない経歴になり、年齢的なこともあって仕事上の責任を任されることも増えてきた。
相手を信頼し、任せ、自分が責任を取る立場になっているというのに、実際の自分はどうだろうか。

まだまだ迷っているし、足りないところばかりだ。

杏寿郎が亡くなったあと、主人公の炭治郎が『なにかひとつできるようになってもすぐ分厚い壁があって、すごい人はもっと先で戦っているのに、俺はまだそこへ行けない』と泣く。
自分の心境は圧倒的にこちらに近い。なにかひとつできるようになってもすぐ次にできないこと・分からないことがみつかり、先人には追いつけず、若者にはあっという間に追い越される。
少しでもこれまで世話になった人たちや仲間の力になりたいと思っても、相変わらず自分は全然力不足で役に立たず、結局助けてもらってばかりだ。
自分の子供ほどの年齢の主人公と考えることが同じレベルでは、杏寿郎はおろかいつまで経っても波平にも追いつくことなどできない。

炭治郎はもう次にやるべきことを見つけている

その後、炭治郎が杏寿郎の家を訪問するシーンがある。
そこで杏寿郎の弟に炭治郎が話す中に、もうその答えは書いてあった。この作者、若いだろうによくわかってらっしゃる(笑

その場で炭治郎は『技に体が追いついていかないのは自分の問題だ』と伝えている。

まさにそうなんだ、『技に(必要な技術に)体が(自分の技術が)追いついていかないのは自分の問題』なのだ。

また、『一瞬で強くなれるような都合のいい方法はない、近道はなかった』とも言っている。

こんなこと、世の中の全部のことに通用することじゃないか。

ご存じの方も多いと思うが、僕は長いことバイク屋で整備の仕事をしていた。好きで始めた仕事で、飯も食わず寝もせずに何時間働こうが構わずにとにかく「できる」ようになりたかった。
その道は途中で挫折してしまったが、そのときでさえも『一瞬で強く(整備がうまく)なれるような都合のいい方法はない、近道はなかった』のだ。

これはまさにいまも一緒で、『一瞬で強くなれる(プログラミングを理解してうまく、早く書ける)ような都合のいい方法はない、近道はな』いのだ。
一部の天才的な人でない限りは、日々地道な練習、自主トレをくり返し、あれこれ試し、もしかしたら遠回りかもしれないが着実にひとつずつできることを増やしていく以外に方法なんかないのだ。

過去に身をもってそのことを経験していたにもかかわらず、『鬼滅』を読むまでその気持ちを忘れていたようにも思う。
できることの引き出しを少しずつ増やしていって、一生使わなかったとしてもそれを応用できる考えがあれば必ず次に繋げることができる。
今できなくても努力を続け、できるようになったら誰かを助ける。まるでオープンソースコミュニティじゃないか(笑

いま僕はきっと幸せな生活が送れているんだ。

なんかすっかり鬼滅の解説記事みたいになってる…。まあ、ただ書きたかったことを書いてるだけなので、特にこれで伝えたいことはない(笑

明日の保証がない時代に

昨年以降、コロナ禍の影響であらゆる生活状況が変わってしまった。
仕事はフルリモートになり、うっかり怪我もできないほど医療機関は逼迫し、COVID-19ウイルスは変異を加速させている。

また、アメリカでは国内を二分するどころか世界を二分しかねない異常な状況が続いている。

が、ここでいずれかの政治的な考えに加担する気は一切ない。
少なくともいまの僕は真実を見極めるだけの情報を持ち合わせていないし、「正義」を振りかざした時点でその論争が簡単に解決できるとは思えないからだ。
僕が知っていることは「正義」なんてものはどこにもなくて、そんなことを言い出した時点で意見が違う相手にも「相手の立場での正義」を生むだけにしかならない、ということだけだ。

いまのこんな状況を誰が予想しただろうか。不可抗力や不測の事態も多いとはいえ、なぜこの状況でここまで分断が拡がってしまったのだろう。

相手を思いやり、弱い人には手を差し伸べ、毅然とした態度で相手に向き合い、相手と意見が違っていても人格を否定せずに意見を戦わせられるのが人間ではなかったのだろうか。

今年がこれからどうなっていくか全くわからないが、いまこの状況をみる限りはあまり明るい材料はなさそうで暗澹たる気持ちになる。

思いを繋ぐ

また話題が飛んでしまうが、僕がこの仕事を始めようかどうかという頃から大変世話になっていた人が昨年末に急逝された。
僕より若い人が亡くなってしまうのは本当に辛い。

彼が地道に続けていた「弱い立場の人を助ける」「ズルはしない」「新しいことにも果敢にチャレンジする」ことは、僕も真似て続けていきたいと思う。

そういう事があると、改めて「自分が明日死んでしまうかもしれない」ことを実感するし、「いま死んでしまったときになにが残せているか」を考えてしまう。
それは仕事はもちろん、仲間に対してであったり、家族に対してだったりする。

先にも書いたが、自分はまだまだ「覚悟」が足りず、なにもなし得ていない。地道に続けることは必要だが、残りの時間も少ない。これまでが無駄であったとは全く思っていないが、できることは足りず、役に立てることも少ない。
そんな自分が家族のために、子供のために、仲間のために、何が残せるだろうか。

別になにか答えが出るようなものでもないだろうが、どんなに小さくともなにか「最終的になし得た」というものを残したいし、その姿を見せておきたいと思う。
その「覚悟を持った姿」くらいしか見せられるものはないかもしれない。
そういう姿は決してかっこいいものばかりではないだろうが、この歳にもなってカッコつけるようなことももうないし、ありのままを見せるしかない。

そこからなにかを感じ取ってもらえれば、もう充分なのではなかろうか。
まだまだ自分のゴールは遠くにあると思っているし、自分がこれからできることもたくさんあると思っている。
いきなりできるようにはならないのは前述のとおりだ。
鬼を倒す未来があるわけではないが、自分に負けず、少しずつ高みを目指す事ができたら当分は楽しく生きていけるはずだ。

「丁寧な暮らしをする餓鬼」単行本。10年ぶりに漫画を買った(鬼滅は全巻妻が揃えた)。

なんてことをつらつら考えたあとにこれを読んでたら『「足ることを知る』丁寧な生活」って書いてあった。
まだまだガッキーの境地には遠く届かないらしい。

今年は色々なことが少しでも良い方向に進んでいきますように。